外来
脳卒中センターニュース - 近未来の動脈瘤 血管内治療
初めに
2014年の1月19-24日、フランスのVal d'Isereで開催されたABC-WIN seminarに参加した。脳神経血管内治療の様々なトピックスについて熱心な発表討論が行われた。そのなかに、日本での脳卒中、脳血管障害治療の近未来に関連すると思われる、興味をひかれる発表がいくつかあった。トピックスごとに、まとめてゆくことにした。今回はFlow diverter(FD)の治療成績についてである。
Flow Diverter治療成績
FDとして、おそらく来年に本邦でも保険収載されると予測されるPipeline関連についてである。
本邦と欧米でのFDの治療適応とはおそらく、かなり異なると予測されるので、その点は留意しなければならない。
従来の方法では治療困難である巨大脳動脈瘤に対してFDによる治療が期待されており、欧米でかなりの症例が経験されてきている。
しかし使用場所によって合併症率が高いこと、特に紡錘状巨大動脈瘤の治療成績がよくないことが指摘されている。またFD留置後、抗血小板剤投与をいつまで続けるかなどについて、コンセンサスが明確でないなどをふくめ様々な問題がある。これらに関して多くの発表があった。
私の興味を引くものからまとめてゆくことにした。
1)
HungaryのI.Szikolaら、からの発表が注目されたので以下にまとめた。
演題は「Evolution of stent endothelialization and thrombus organization in giant fusiform aneurysms following flow diversion: a histo-pathological study」 Szikola I, Turanyi E Marosfoi M and Racz G, National Institute of Clinical Neuroscience and 1st Department of Pathology, Semmelweis Medical School, Budapest, Hungary 対象は、すべて巨大紡錘状動脈瘤で、部位は内頚動脈瘤1例、中大脳動脈瘤1例、椎骨脳底動脈瘤2例で、FD治療後に何らかの原因で死亡後、剖検採取された動脈瘤と周囲組織である。組織採取日は7日,6,9,13か月後に各1例であった。
対照として未治療・未破裂の巨大紡錘状脳底動脈瘤で、脳底動脈閉塞による脳卒中後7日目で死亡した1症例の剖検組織を用いている。光学顕微鏡レベルでHE, Elastica van Gieson,染色ならびにCD34, H-Caldesmon, picrosiriusの免疫染色での検討が行われた。対照となった脳底動脈瘤、7日目の標本では、動脈瘤内腔に新鮮血栓が認められた。
動脈瘤壁に平滑筋細胞が認められるものの、血栓内にはfibroblastは認められず、結合織はまったく認められなかった。
FD治療後6か月の中大脳動脈症例では、動脈瘤近傍の正常血管でFDが被覆している部分は、FDを被覆するように新たな層が出来ており、その中には平滑筋細胞が認められ、またその表面は内皮細胞で覆われていた。
一方動脈瘤壁は菲薄化しており動脈瘤内腔には結合織を認めていない。9か月の後方循環の動脈瘤ではFD表面はfibrinで覆われている。このfibrin層には平滑筋細胞も内皮細胞も認められなかった。
また動脈瘤壁には平滑筋細胞はなく、動脈瘤血栓内には結合織は認められなかった。
FD閉塞による梗塞で死亡した13か月目の症例では、FDの表面は薄い組織で覆われており、その中には結合織は認められず、またこの薄層の血流接触側には内皮細胞はなかった。動脈瘤壁は菲薄化している。
また動脈瘤内腔には新鮮血栓が認められ血栓内には、ごくわずかのfibroblastと結合織が認められている。平滑筋は動脈瘤壁にも血栓内にも認めらなかった。
結論として
1.巨大紡錘形動脈瘤では少なくとも1年以内に期待されていた器質化所見がなかった。
2.動脈瘤に留置されたFDの内腔部分は、fibrin層でおおわれるが、内皮細胞でのFDの被覆は、少なくとも13か月以内には認められない。したがって抗血小板2剤投与の中断は血栓症の合併の危険が高いと予想される。
3.紡錘状動脈瘤の瘤壁からのfibroblast、平滑筋細胞の血栓内への移動、増殖はなく、少なくとも1年以内に血栓が器質化することは期待しにくい。
4.したがって動脈瘤破裂の危険が残る。
MRIで動脈瘤サイズの減少、ならびに動脈瘤内血栓の高信号が混在しなくなるまで、抗血小板剤の投与は持続すべきである。
このような発表が行われた。 もともと何らかの原因で死亡した症例の検討であるので、うまく治療ができ治癒した症例とは異なっているが、うまくゆかない症例についての問題点が指摘されている。
紡錘状巨大動脈瘤でFD留置後の血栓化、それにつづく血栓の器質化、動脈瘤の縮小という期待を叶えるにはさらなる工夫が必要であると感じた。
ついで非常に多くのFD治療症例をデータに基づいて検討しているIntrePED studyからの2つの発表が興味を引いた。まずはIntrePED studyのうち巨大脳動脈瘤を対象としたもの。
2)
演題「Pipeline embolization device for giant aneurysms. The INTREPED Study Results」:Hanel R.A. Mayo Clinic; On behalf of the IntrePED Steering Committee & Investigators. 各施設で20症例以上を経験している17施設6か国の共同研究。2008年7月から2013年2月までの後ろ向きcohort。7日以上持続する症状をmajor events。7日以内に消失する症状をminor eventsとした。
対象)巨大動脈瘤62症例66動脈瘤。平均観察期間19.3ヶ月で88%以上が治療後1年以上経過している。
動脈瘤の平均サイズは前方循環29mm、後方循環29mmであった。
前方循環56動脈瘤のうち、43個は内頚動脈、3個は中大脳動脈、10個はそれ以外にあった。
後方循環の10動脈瘤は脳底動脈にあった。Pipeline embolization device (PED)のみで治療されたものは82%、PEDとコイルの併用が18%。PED1個留置が43.9%、複数個留置が56.1%。結果)66動脈瘤中3動脈瘤が遅発性に破裂し、1例が死亡、2例は軽快した。
2例が術後30日以内、1例が180日以内に破裂した。
破裂例では、CCFが1例、くも膜下出血が2例となった。破裂3例とも内頚動脈瘤で、すべてPED1個での治療例であった。
前方循環56動脈瘤での治療合併症は、破裂5.3%、同側脳内出血5.3%、脳虚血12.5%で、神経学的後遺症21.4%(死亡5.3%を含む)。
前方循環の未破裂嚢状動脈瘤37個に限れば神経学的後遺症(死亡を含む)18.9%であった。
後方循環10個では破裂0%、同側脳内出血10%、脳虚血20%、神経学的後遺症(死亡3例を含む)40%であった。
後方循環の未破裂嚢状動脈瘤5個に限れば神経学的後遺症は20%であった。動脈瘤の閉塞は12ヶ月で71%、24ヶ月で89%に認められた。
結論)巨大動脈瘤の長期成績はいいが、周術期の合併症率が高い。
遅発性の動脈瘤破裂は問題である。
これに対してコイル併用や複数個のPEDの使用がいいかもしれない。動脈瘤閉塞率と閉塞持続期間は他の血管内治療方法より優れている。
前向きの研究が今後必要である。なおこの研究の限界として後方向き、委員会での審査であるが自己申告、動脈瘤部位が一様でない、会社がスポンサーであるなどがあげられる。
このような発表がなされた。大きな動脈瘤について今後解決すべき問題はずいぶんはっきりしてきている。次にIntrePEDからの、小さな動脈瘤のPEDでの治療成績も興味があるが後回しにして、まずはもう一つ、巨大動脈瘤の治療で工夫をこらした発表をまとめてみた。
周術期合併症が高い後方循環の大・巨大動脈瘤のFD治療法での一工夫としてHopkins L.N.らのUniversity of Buffalo, State University of New Yorkグループの発表が目についた。
3)
発表者はSiddiqui A.H.で演題名は「Flow Diversion for Posterior Circulation Large & Giant Aneurysms PartII.」である。彼らの最初のFD治療8例は非常に高い合併症率を伴った。Silk1例、PED7例の8例で、8例中4例は死亡、3例は問題なく、1例は悪化したが死亡には至っていない、という散々な結果であった。 (もっともこの疾患は非常に予後が悪いことでも知られており、彼らは8例治療時と同時期に、他にも3例の大、巨大椎骨脳底動脈瘤を受け持っているが、FD治療待機中に1例は脳幹梗塞、2例はくも膜下出血で3例とも死亡している。)初期の8例より以下のことを学んだと報告している。
PEDは原則1枚しか使わず、穿通枝のあるところでは複数枚を重ねないこと。やむを得ず重ねる場合には動脈瘤内であること。
穿通枝開口部特にAICA開口部にはPEDを密着すべきで、その留置位置には特に注意を払うこと。PEDと開口部を密着させ、その間隙にできるだけ血栓が形成されないように注意すること。
PED外側の瘤内にコイルを入れてPEDに屈曲の凸を作り、その凸部とAICA開口部が密接するようにすること。
またそれ以外の部分ではコイルなどを留置し血栓化を促進すること。また脳底動脈起始部を巻き込んでいる動脈瘤では反対側の椎骨動脈を閉塞すること。このような方針で8例の初期経験後19例の後方循環の大、巨大動脈瘤を治療した。動脈瘤の平均サイズは16mm。部位は脳底動脈瘤5例、椎骨脳底動脈移行部7例、椎骨動脈瘤6例、後大脳動脈1例であった。14例が紡錘状、3例解離性、2例嚢状動脈瘤であった。全例でPED留置は成功した。コイル併用は9例。術中の合併症はなかった。
術後の血管造影で13例は完全閉塞、3例は部分閉塞。平均観察期間は6か月。合併症は穿通枝梗塞2例(10.5%)で1例は5か月後に抗血小板剤2剤使用を中止したときに発症した。 もう1例は椎骨動脈をコイルで閉塞しているときにおこった。出血の合併症はなく、死亡症例もなかった。症候性10例で6例は症状が軽快している。
合併症を防ぐための方法として、抗血小板剤を適切に使用すること。穿通枝の多い領域をあらかじめ知っておき、そこでは複数枚のFDを使用しない。コイル留置を併用し、FDの密着を補助しかつ血栓化を促進すること。術中の技術的トラブル信号をはやく察知すること。
現在の彼らの抗血小板剤投与方針も発表された。
術前Plavix75mgを7日、アスピリン325mgを3日間投与。
2剤投与を少なくとも術後3か月、また巨大紡錘状動脈瘤では1年以上続ける。ASAは無期に続ける。
またASA、Plavixの薬効を血小板凝集能検査で調べておかねばならない。Plavixの効果がなければ、Prasugrelに変更しPrasgurelも無効であればTicagrelorに変更する。緊急の場合にはやむを得ずPrasugrelを使用する。
このような発表があり、コイル併用と穿通枝梗塞予防を十分に考慮すべきであるという。
さてPEDによるサイズは小さいが頚部の大きい動脈瘤の治療はどうであろうかIntrePEDからの発表をまとめた。
4)
Szikora I.: On behald of the INTREPED collaborators 演題名「Complication of flow diversion treatment: small, wide necked aneurysms A subgroup analysis from the INTREPED study」
いままでに小動脈瘤だけを分離して調べられた報告はない。
17施設、6カ国、2008年7月から2013年2月までの後ろ向きcohort。
INTREPEDデータベース上総数906動脈瘤のうち10mm以下の動脈瘤でもの473個の小動脈瘤を対象とした。
平均の大きさ5.1mm、動脈瘤頚部の大きさ4.0mm、7日以上持続する症状をmajor events.7日以内に消失する症状をminor eventsとした。
嚢状が396個(83.7%)、紡錘状29個(6.1%)、解離性20個(4.2%)、その他28個(5.9%)であった。
破裂瘤が53個(11.2%)。部位は内頚動脈73.6%、中大脳動脈4.7%、後大脳動脈1.7%、脳底動脈4.9%、その他15%。血管内手術時間の平均92分、一方大きな動脈瘤では平均107分、巨大動脈瘤では130分。
複数のPEDを使用したもの25.2%で、データベース全体(小・大・巨大動脈瘤すべて)の34%より少ない。
動脈瘤破裂は小動脈瘤では0%、これに対して全動脈瘤では0.6%。同側の頭蓋内出血は小動脈瘤1.8%、全動脈瘤2.4%。脳虚血の合併症は小動脈瘤2.85%で全動脈瘤5.0%であった。
死亡率は2.07%で全動脈瘤では3.8%であった。全後遺症(死亡を含む)は5.44%で全動脈瘤では8.4%であった。また未破裂の嚢状小動脈瘤では全後遺症は3.6%であった。
ステントとコイルを併用した1517動脈瘤の従来の治療法でのメタアナリシス(Shapiro 2012)結果では全後遺症は5.3%であった。
小動脈瘤治療での合併症が大・巨大動脈瘤治療に比較して低い理由として、手術時間が短いことが有意差としてでてきた。また同側の脳内出血合併と血栓塞栓性合併症は手術時間に優位に関連していた。
その機序は空気の泡の迷入、catheterのコーティング剤の影響が考えられるとしている。結論として1)小動脈瘤で頚部の広い動脈瘤ではFD治療は比較的安全性が高い。従来のステントコイル併用治療と同程度の安全性で、より再開通がすくない。
また動脈瘤破裂は小動脈瘤では起こらない。後遺症の原因は同側の出血と脳虚血である。
という発表であった。手術時間が関係するとあるが、ここは小生にはいまのところピンと来ないが、優位に出ているので、さらなる機序の説明がほしいところである。
まずはFD,PEDの治療成績についてABC-WFITNの発表の一部をまとめてみた。
脳卒中センター長
滝 和郎