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たけだ通信 No.102 (6月発行)

武田病院グループ専務理事 武田隆司

明日の医療

photo_senmu.jpg【エッセー
武田病院グループ 専務理事
医療法人財団 康生会 理事長
 武田 隆司

■明日の医療

珍しくマジメなタイトルをつけてみた...
悪夢の民主党政権が崩壊してから早くも半年間が経過した。
彼らは実に多くの不利益を日本に与えて去って行った。
結局のところ、本気で政権を取れるとは自身が考えていなかったため、何をどうして良いのかわからぬまま終わってしまったのだろう。
ずっと大反省でもしていれば良いと思う。

さて第二次安倍内閣はどうか?
夏に行われる参院選までは安全運転を続けて本音は見せないという雰囲気なので、腹の底は読めないというのが大半の人の感想だろう。

こうした中の去る3月、安倍総理は日本のTPP参加を表明した。
どうせ参加するならばASEAN+6のカードもチラつかせながら両方を含めて検討すれば良かったのにとも思うのだが、これまで外交下手の名を欲しいままにしてきた我が国は果たしてこの歴史的交渉を有利に進めることができるだろうか?

TPP参加に拘る話題で個人的に気がかりな点として、安倍総理が日本経済再生本部・産業競争力会議のメンバーに竹中平蔵氏を選出したということがある。

今さら説明するまでもなく竹中氏は、小泉政権時代より「混合診療の解禁」「医療の自由化」を提唱し続けて来た人物である。
徹底的にマスコミを操作し、医療者・医療機関への不信感を煽り立て、経済界や財務省が予てから悲願としていた医療費の削減を成し遂げた。
その結果が歴史的医療崩壊を導くこととなり、「モンスターペイシェント」「(所謂) 救急のたらいまわし」「医療者の立ち去り型サボタージュ」などの造語が生み出されたことは記憶に新しい。

簡単に言えば「経済界の雄」であり「医療界の敵」という判りやすい立場の人だ。

ところで混合診療の解禁が現実に起こると何が問題なのか?
一般の人はあまり考えたこともないかもしれない。
しかし私は、この判断が自分と同世代若しくはそれより若い世代にとって、将来的におそらく重要な意味を持つことになると考えている。
なので立場的にはとても重く、ともすれば避けたくなるこの問題を肯定でも否定でもなく客観的に触れてみることにする。

まず利点として考えられる点を列挙してみると以下のことが考えられる。

国内で保険未承認の画期的薬剤や医療器具を海外から仕入れて保険診療と併用できる
傷病名から保険では認められない検査などを保険診療に併用できる
患者はインセンティブ(追加料金)などで医師を指名できる
医師は保険制度に縛られずに世界の最新治療を行うことができる
専門性の高い医師は好条件の収入を得ることができモチベーションが高くなる
保険者(事業主)の負担が軽減する
国民医療費が(見かけ上)減少する
保険会社・医薬品・医療機器メーカーの収益が上がり税収が増える
対して欠点と考えられるのは以下のことだろうか。

すぐには大きな問題とならないと考えられる、風邪や頭痛・胸焼けなどといった「軽医療」は保険診療から削除される
希望する医療は時に高額になり、従って誰しもが平等な医療は受けられない
医師間の条件格差ができる
若手医師の症例経験機会が減少し、医療全体では質が低下する
こうして比較すると利点の方が圧倒的に多く、欠点は少なく思えるかもしれない。

軽医療が保険から削除されるというのは考え過ぎと思う人がいるかもしれないが、これはほぼ確実に実行されるはずだ。
財務省が永年抱える悲願の一つと言って良い医療費削減の強烈な突破口になるからだ。

大袈裟なように思われる方が殆どかと思うが、海外の多くの国では風邪や胸焼けで医療機関を受診する人はいない。
従ってドラッグストアで多くの薬は購入できる。
そして日本でもスイッチOTCという呼称で、以前は医療機関で保険を使用して処方箋を使用してしか手に入れることが出来なかった薬剤がドラッグストアなどで気軽に購入できるようになっ
ていることに気づく人もいるだろう。
(成長戦略指針の中でOTCのネット販売という話題が何度も出ては消えしているのが、選挙を控えた安倍政権のジレンマとも受け取れて面白い)
薬剤メーカーとしても保険と比較すると高い利益を得られるので力を入れている。
株価は上がって税収が増えて企業も財務省も大喜びだ。
また患者さんの中にも、出費はかさむけれど医療機関を受ける時間の費用対効果を考えれば「まぁいいか」という人もいるだろう。
しかし軽症の中にも大病が隠れていることは実はさほど珍しいことではない。
軽症でも受診機会があることによって未然に防げる大病は確実に存在する。
問題は受診機会を取り上げてしまうことなのだ。

そして高額(高度)な医療を受けられる人と受けられない人が出来てしまうことは正に格差であり、健康や寿命が保有する金額で決まるという恐ろしい未来が生まれる前兆のようにも感じる。

ちなみに成長戦略でも度々名が挙がる「医療ツーリズム」というものがある。
これは「良質安価」と評価されている日本の医療を外国人も受けられるシステムによる外貨獲得が狙いだが、国民皆保険を使用しない自由診療にカテゴリーされるものなのでここでは触れないことにする。
ただし国内には医師不足という問題が現実に存在しており、多額の国税を用いて育てた医師という限られた資源を海外の富裕層に浪費して良いのかという問題は考えられていないように思う。
またそうした富裕層中心の「条件が良い医療機関」には優秀な医師が集中するようになり、現状の国民が平等な医療を受けられるという機会は確実に減少し、皆保険制度の理念が崩壊する危険を内包していることを忘れてはいけないだろう。
何より日本の医療が「良質安価」なのは、善くも悪くも社会主義的側面としての価格設定が存在することと、自己犠牲を厭わない献身的な日本の医療者が存在するから成し得る奇跡であって、経済界や官僚が考えている理屈は論理性に欠けている。

皆保険制度・混合診療・自由診療...
立場が変われば意見が変わるのは致し方ないことだと思う。
なので私見であっても結論を出すつもりはない。
ただし列挙した利点・欠点を良く読めば、誰が何のために進めたいのかは透けて見えてくるように思う。

先日行われた内閣府経済社会総合研究所主催の国際コンファレンスにて「日本経済の再生に向けて」と題した討論に参加した竹中氏は、成長戦略の一環である規制緩和は日本に必要であり政府は民間の自由度を上げることを最優先にすべきという持論を熱弁した。

この発言は一環していて以前からブレてはいない。
しかし注目すべきは、この討論に参加していた米国コロンビア大学教授のジェフリー・サックス氏とジョセフ・スティグリッツ氏の両名が共に「米国の規制緩和は失敗した」 と断言したことだ。

サックス氏は「米国では規制緩和で民間にリーダーシップを与えた結果が強力な利益団体とロビイストを生み出した。現在の米国医療はムダが多く、入院医療・医薬品価格共に高額であり破滅している」と述べた。

またスティグリッツ氏は「米国は規制緩和に失敗し、貧しい人々からの搾取が続いている。民間の首を絞めてはいけないが、市場には失敗があり、政府には成すべき役割がある」と述べた。

随分以前の当コラムにも書いたのだが、米国の医療は患者のためというよりも民間の医療保険会社や医薬品・医療機器メーカーが巨大産業であり続けるために存在しているという側面が強い。

そして米国というのは巨額な利益を上げる業種が強力なロビイストとして政治を動かせる国であるのが現実なのだ。
それこそが行き過ぎた資本主義であり、現実に性善説だけでは医療の自由化は成功しなかった。
竹中氏が考える明るい未来では、日本が桃源郷になるのは無理のようだ。

 

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