32.私の脳、痩せていませんか?
- 2024.10.22
- お知らせ
『私の脳、痩せていませんか?』
外来で脳のCTやMRI検査を受けた患者さんからよく聞かれる質問です。
少し詳しい方だと、「脳が萎縮していませんか? 最近物忘れがひどくて、認知症になっていないか心配です…」と尋ねられることもあります。
まずお伝えしたいのは、脳が萎縮しているかどうかよりも、記憶力の低下を過度に心配しないことが大切だということです。
■認知症の画像検査には特殊な機器が必要
認知症を正確に診断するには、PET(ポジトロン断層撮影)という特殊な検査が必要ですが、これは非常に高価で日常的には使われません。記憶や認知症に関わる脳の「海馬(かいば)」という部分が、認知症が進行すると萎縮します。これはMRIなどの検査で確認できることもあります。
1.脳の萎縮とは?
「脳の萎縮」とは、脳の神経細胞やその接続(シナプス)が減少し、脳全体の容積が小さくなることを指します。
軽度の萎縮は加齢による自然な変化ですが、アルコールの過剰摂取などが萎縮を進行させる要因とも言われています。
2.認知症の前に2つの段階がある?
認知症になる前には、一般的に2つの段階があるとされています。
それが「主観的認知機能低下(SCD)」と「軽度認知障害(MCI)」です。
3.主観的認知機能低下とは?
主観的認知機能低下(SCD)は、本人が「以前より記憶力が落ちた」と感じる段階です。ただし、周囲の人や医師からは明らかな症状は見られず、認知症の検査をしても正常と診断されます。この段階では、脳内にアミロイドβタンパク質やタウタンパク質といった異常物質が蓄積している可能性がありますが、検査ではまだ異常は確認できません。
私自身も還暦を迎え、「あれ?スマホどこに置いたっけ?」「この人の名前、何だったかな?」と思うことが増えました。ショートメッセージで届く6ケタの確認コードがすぐに覚えられないこともありますが、これが典型的な主観的認知機能低下の例です。
4.軽度認知障害(MCI)とは?
軽度認知障害(MCI)は、認知機能が低下しているものの、日常生活には支障をきたさない段階です。この時期には、記憶や判断力など特定の認知機能が同年代と比べて低下していることが確認されますが、認知症と診断されるほどの症状ではありません。
5.認知症に移行しないための秘訣 — 心配しないこと、他人と比較しないこと
主観的認知機能低下(SCD)から認知症に進行することは稀です。ただし、認知症に移行しやすい人の特徴を「SCDプラス」と呼びます。
《SCDプラス》
① | 記憶力の低下を感じている |
② | 5年以内に始まっている |
③ | 60歳以上で始まっている |
④ | SCDについて心配している |
⑤ | SCDが持続している |
⑥ | 医療への助けを求めている |
⑦ | 本人をよく知る人から認知機能低下の確証がある |
年齢など避けられない要因もありますが、私たちが自分でできる対策としては「記憶力や認知機能の低下を過度に心配しないこと」と「他人と比較しないこと」が大切です。
さらに、脳の萎縮や異常物質の蓄積があっても認知症を発症しない高齢者が多くいることが、修道女を対象とした研究などでも明らかになっています。認知症にならない人は「認知レジリエンス(復元力)」が高いとされ、具体的には読み書き計算を積極的に行うこと、趣味やゲームを楽しむこと、散歩程度の適度な運動をすることが推奨されています。
個人的には、漢字を手書きで書く習慣が脳のレジリエンスを高めるのに良いのではないかと思っています。スマホやパソコンではなく、日本人として漢字を手書きですることで、脳を活性化させる効果が期待できるかもしれません。
Kang M, et al. JAMA Psychiatry. 2024 Oct 1;81(10):993-1002.Subjective Cognitive Decline Plus and Longitudinal Assessment and Risk for Cognitive Impairment.
Stern Y, et al. Neurobiol Aging. 2019 Nov;83:124-129.Brain reserve, cognitive reserve, compensation, and maintenance: operationalization, validity, and mechanisms of cognitive resilience.