【エッセー】
武田病院グループ 専務理事
医療法人財団 康生会 理事長
武田 隆司
■Who's Number
本年10月より所謂マイナンバー制度が開始される。
この号が発行される頃には既に始まっているのだろうか?
工程としては開始と同時に全ての国民に対して12桁の個人番号が付番され、来年1月より本人への交付が始まるとのことだ。
これまでの経緯を振り返ると、民主党が与党であった2012年に「社会保障・税番号大網」が発表され、矢継ぎ早に共通番号法案が国会に上程
された。
その年末の衆院選では自民党が圧勝し政権交代の後に第二次安倍内閣が発足するのだが、そうした大きなうねりの中でもこの法案に限っては何事もなかったように実現化への動きが加速する。
翌2013年3月には閣議決定され、間髪入れずに衆議院で審議に入り5月には本会議で可決・成立。
実質3ヶ月で決まってしまった。
本当にそこまで急ぐ必要があったのだろうか?
勘ぐれば、国民に考える時間を与えずに実現化したいという、何か後ろめたさのようなものがあったのではなかろうか?
相当の下準備をしていなければ、この法案を通す膨大な資料を準備することはまず不可能だ。
もちろん資料作成は優秀な官僚が行うはずだし、そもそも途中で政権交代が起きているのだからこの法案が官僚主導で実現化したことは間違いない。
というわけで、もう少し遡って調べてみると...あった。
1968年行政管理庁(現・総務省)は「事務処理用各省庁統一個人コード」計画を打ち出した。
これがマイナンバー制度の原案と思われる。
だとすると官僚の方々にとっては実に半世紀に手が届く程の年月をかけてまで達成した悲願なのだ。
恐るべき執念である。
もちろんこの間、彼らとしてもただ夢の設計図を描き続けたわけではない。
2002年には手始めとして住基ネットが始まった。
しかしながら1998年の国会上程から4年半という時間をかけたせいで、国民の中でもこの国民総背番号制のような不気味なシステムに異論を唱える声が大きくなってしまった。
事実、横浜市などでは住民の1/4が受け取り拒否という事態になった。
ところで住基ネットは市町村が付番し管理する制度であったので、当時はそのような受け取り拒否という行為も許されたが、今回は国が個人管理のために強制的に付番するという点で大きく違う。
住基ネットは2008年に違憲訴訟の判決として最高裁判決において「国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを想定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する当面は、税と社会保障、災害に関する公的事業に限定して使用する」等の理由により違憲とみなされ自然消滅する形となった。
(マイナンバーが12桁なのは、過去の苦い思い出である住基ネットの11桁とは違うと思い込みたい官僚のトラウマなのだろうか?)
この歴史から察するに、この事実上「国民総背番号制度」の実現は、世論が色々と考え始める前に法案を通してしまいたいという過去の教訓が生きた形となるのだろう。
実際に導入案が出た当初は「公平・公正な社会実現」「行政の効率化」「国民の利便性向上」という何とも抽象的な理由が羅列されていた。
現在も好感度抜群の上戸彩とウサギみたいなキャラクターのマイナちゃんをCMやポスターに採用し好感度アップに余念がない。
ところが国会審議が終わってからは突然動きが活発になった。審議終了わずか3ヶ月後の2013年8月には「社会保障制度改革国民会議報告書」にて「社会保障・税番号制度も活用し、資産を含めた能力に応じた負担とすべき」との記載が挙げられた。
2014年4月には「国民の多くが保有する預金が把握の対象から漏れている状態は改めるべきであり、預金口座へのマイナンバーの付番について早急に検討すべき」との意見が出てきた。
実際にマイナンバーは現在まだ付番を待たずして、既に戸籍、パスポート、預貯金、医療・介護、健康情報管理・連携、自動車登録事務への拡大を打ち出している。
IT総合戦略本部(本部長・安倍総理)や政府税調も預貯金口座への付番には言及している。
こうなると当初の話とは随分方向性が違ってくる。
導入検討時、番号制度の利用範囲は官の分野だけという説明が繰り返されてきた。
国民はその言葉を信じて、官の利用のみならばさほど問題視しなくても良いと考えていた感がある。
しかし所得の把握となると話は変わってくる。
ご存知ない方が殆どだと思うが、預貯金付番は本年中に国会で法整備を行い2018年には実施するという工程が既に発表されている。
政府が小さく産んで大きく育てる手法をとった場合はいつも危うい。
この制度が何となく通ってしまった背景には、多くの人が関心を持っていないこと、制度が複雑なこと、加えて政権の力が強大なためマスコミが批判することを恐れたことなどが考えられる。
医療に関して現時点で具体的に挙げられているのは医療保険のオンラインでの資格確認というものだが、やがてはマイナンバーカードに保険証機能を付与するものと思われる。
将来的な展望としてはDNA情報の管理なども視野に入れているだろう。
マイナンバーに保険証機能を持たせるというシステム。
ここに含まれる思惑は大きく2つある。
まずは誰もが利用する保険証とマイナンバーカードを統一することによって、マイナンバーを広く国民に浸透させようという意図。
次いで年金情報漏洩などを見るまでもなく完全なセキュリティというものは存在しないにも拘わらず、非常にセンシティブな医療情報を国が一元管理しようとしていることだ。
現在、医療情報を管理する我々医療関係者には守秘義務が課されており、違反時には厳しい罰則が適応される。
一方でマイナンバー制度に関しては利用法ばかりが一人歩きをして情報保護に対する義務は蚊帳の外になっているように思われる。
後述するが、現時点で本気のセキュリティ対策が行われるのかは疑問である。
医療情報は、それを生業にしている業種からすれば喉から手が出るほど欲しい「カネの成る木」だ。
まずは生命保険会社が動き出すだろう。
正確な病歴や家族歴、更にはDNA情報までもが入手出来るようになれば、将来発病する確率の高い人には契約のハードルを上げる、または拒否することができるようなるかも知れない。
そうなれば主要駅前で必ず見かける大きな自社ビルがまた増えるのかも知れない。
また実際には効果が証明されていないので「個人の感想です」と小さく書いてあるサプリメントや健康食品が大々的にCMを流していることからも、そうした健康産業が巨額の利益を上げているのは誰もが知るところだ。(この小さい「ただし書き」が無いと薬事法違反になるのです)
こうした業種も医療情報を入手できれば、現在のように闇雲に高額なCMを流さなくても、膝や腰の病名がある人にターゲットを絞ってより効率的な営業が出来ることになるだろう。
情報の一元管理を望む最大の理由は、官僚の悲願である医療費抑制に利用することだ。
確かにマスコミで流されているように重複投与や診療を省くという利点もある。
しかし一方で長期のリハビリや介護など、早期に完治できないような行為は早々にムダとして切り捨てられる可能性が高い。
先ほどの資産把握と連動して資産に応じた医療費負担という話もチラホラ聞かれる。
これは裏を返せば結果的に混合診療に繋がる可能性があり、公平に受けられる医療サービスのハードルをうんと下げられてしまう可能性がある。
つまりは現実に医療費を押し上げている高額な医療機器や薬剤を使用する先進的医療は自費にしてしまうというものだ。
そんなことあり得るの?
残念ながらあり得ます。
6月1日に財政制度等審議会がまとめた財政健全化計画などに関する検討の一つに「市販品類似薬等に係る保険給付の見直し」が挙げられた。
もう既に薬局やドラッグストアで販売している薬剤もあるのでご存知かも知れないが、具体的にはこれまで医師の処方箋を必要としていた医療用医薬品をスイッチOTC化して店頭販売に変更する制度を加速していこうということだ。
これは便利で良いという意見の方もいるだろうし、その意見も理解できる。だが医師の指示なく購入した薬剤で、潜在する疾病が進行していたのが後に判明した場合、その経過は全て自己責任となることを忘れてはならない。
国からすれば、本来は保険給付対象であった薬剤を国民が全額自己負担購入してくれるのだから笑いが止まらない。
実は既に2012年度には「栄養補給目的のビタミン剤」を、2014年度には「うがい薬のみの処方」が保険給付除外扱いとなった。
しかし実際はこのような処方をしている医師は殆どおらず効果は無かったようだ。
それならばと財務省は、2016年度には「湿布、漢方薬、目薬、ビタミン剤、うがい薬の完全除外の加速化が必要」と提言し、公的保険からの一掃を目論んでいる。
話は変わるが、どなたでも何らかの形でポイント制度を利用していることだろうこの制度の目的は企業自身が持ち出しの少ないポイントというエサを用いて、購入履歴や利用傾向などの個人情報から行うプロファイリングを営業活動にフィードバックするのが目的だ。
決して「お客様に感謝の気持ち」というだけの綺麗事ではない。
今回のマイナンバー制度は各企業がそうした努力の結果入手した個人情報とは比較にならない膨大な情報を一元管理するというものであり、当然のことながら「よろしくない方々」があの手この手で持ち出しやハッキングを仕掛けてくることは間違いない。
そしてこの情報社会において、一度Web上に流出した情報を無かったことにすることは不可能なのだ。
現在はサーバーを東日本と西日本の2箇所に拠点を置くという構想のようだが、要はこのどちらかが堕ちれば悲劇が始まる。
ところでマイポータル(情報提供等記録開示システム)という制度をご存知だろうか?
マイナンバーを調べるようになって私も初めて知ったのだが、これは個人情報の本人開示を手持ちのパソコンやスマホでもできるようにするというもののようだ。
これは非常に危険な気がしてならない。
ITに詳しい人とそうでない人とでは利便性も危険性も大きく差が出る。
その非難に対する対策としてなのだろうか?
政府は任意の代理人による仕様を認めることを検討しているようだが、これこそがなりすましを生み出す温床になりかねない。
先進国ではマイナンバーに類似した共有番号制度が普及しているとのプロパガンダもあるが、その多くはスウェーデンやノルウェーなど北欧の高福祉高負担の国であり、この制度を維持するために課税・納税の公平性担保を目的として導入されている。
それ以外にも米国・韓国で導入されているが、深刻な「なりすまし被害」が横行し共有番号制度の見直しが検討され始めており、事実米国国防省は安全保障の観点から分野別番号制に転換すべく多大な費用をかけている。
話変わって最近安保法案の話題を目にする機会が増えた。
私は右にも左にも寄ることなく真ん中をテクテク歩く派だ。
そんな私の個人的な感想としては、日本を取り巻く環境は近年大きく変化しており時代と共に変化も必要であると思う。
この法案が通ったからといって日本が戦争に走るとはとても考えられない。
これを「戦争法案」などと焚き付けて民衆を煽る議員達に対しては知性を疑う。
しかし一方で、今回のマイナンバー制度のように国民からは目立たぬように当初目的からドンドン離れていくのが今の政策の現状であり、調子に乗った一部の議員はモラルもデリカシーも欠如した発言を繰り返してしまうのも与党の現実だ。
結局国民は不安なのだ。
今こそ政治に携わる人間は襟を正すべき時だ。