武田病院グループ専務理事 武田隆司
【エッセー】
武田病院グループ 専務理事
康生会 武田病院 理事長・院長
武田 隆司
■医療費亡国論?
最近「日本の医療は今、未曾有の危機にある!」と、テレビで熱く語りだす政治家のセンセイ方が増え始めた。
そういう時期になったのだろう。
しかし、参院選が近づいたからといって急に日本の医療が危機に陥ったわけではもちろんない。
日本の医療の崩壊の原因は、はっきりしている。
医療費を低く抑え過ぎたことによる政策の失敗だ。
「おいおい、ちょっと兄ちゃん!嘘ついてんじゃないよ!医療費が財政を圧迫しているから日本は傾いてるんだぜ!」
と、肩を怒らせる方もおられるといけないので、日本と諸外国の医療費国際比較をしてみよう。
日本医師会よりOECD加盟国の医療提供体制比較分析が発表された。
介護保険や疾病予防など全てを合算した「総医療費支出」を対GDP比で見ると日本は21位。
他国ではGDPと総医療費支出に相関関係が見られるが、日本・フィンランド・イギリスの3国だけはGDPが平均以上でありながら総医療費支出は平均以下であった。
参考までに身近な疾患である虫垂炎(いわゆる盲腸)の入院費を国際比較すると、ホノルルで232万円、ニューヨークは195万円。
それに対する日本は30~40万円で、これはサンパウロより安くマニラより高いというポジションに位置し、ソウルの半分くらいだ。
また、一人当たりGDPが平均以上の国の中で、日本の1000人当たり医師数はほぼ最下位の22位。
この原因もはっきりしている。
日本は1986年以後、「医師過剰時代」というキャンペーンを行って医学部定員を削減してしまった。
これは明らかに政策の失敗によるものだが、いつものように行政は問題を先送りにして後任者に任せるだけなので、誰も責任を取ることはない。
年金問題と同じく被害を被るのはまたしても国民だけなのだ。
(そういえば鳴物入りのグリーンピアもよくわからない中国企業に安値で叩き売られましたね)
この医師抑制政策の根源となった論文がある。
それは1983年に「社会保険旬報」に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」という題目で、当時の厚生省保険局長である吉村仁氏が執筆している。
ここで論じられているのがいわゆる「医療費亡国論」であり、今読んでみるとなかなか的外れな内容で趣がある。
なぜかは理解できないが、政府官僚は忠実にこの論文を信じて失策路線を突き進んだ。
ちなみに1995年における旧厚生省の2025年度医療費試算は141兆円であった。
確かにこれは高い!...のかもしれない。
しかし現時点の医療費は32兆円。
襟を正して頑張って試算しなおした2005年における2025年の医療費予測は69兆円になった。
下がった!半分以下だ!
前の予測の責任を取る人は?...もちろんいない。
そもそも、日本の医療費は現状でかなり低い水準でコントロールされており、(だから医療者が疲弊しているのだが)当たったことのない20年後の医療費予測をする意味がない。
第一、例え65兆円になったとして、それは本当に悪なのか?
明らかにギャンブルであり、多くの国民の人生を狂わせているパチンコ産業が年間30兆円。
この産業と国民の財産であるはずの医療が同額となっているこの国の基本構造に問題があるのではないか?
国の財政事情が悪化したのは、無駄な公共事業、政策の失敗が主因であることは良識のある方なら当然理解しているところだろう。
医療を悪玉にするといえば、過去に同じ政策を進めた国がある。
(※以下は日医ニュースからの抜粋)
『英国では、サッチャー政権下の医療費削減の結果、医療機関受診のための待機患者リストが膨大な数に上り、国民医療の質が著しく損なわれたことは良く知られている。
厳しい労働条件に耐えかねた医療従事者は、1995年からの5年間で、何と26%も海外へ流出して深刻な人手不足となり、医療従事者の士気は低下し、医療事故が多発した。
ブレア政権下では一転、医療費増額の政策へ転換し、2005年には対GDP比で日本を追い抜いた。』
なんと!わが「美しい国」の一歩先を行っている国があったではないか!
しかも失敗を認めている。
経済界とそれに取り込まれている与党議員は、日本の医療は非効率であるという主張を繰り返してきたが、それは正しくない。
そうした議員達は、世界に名だたる経常利益2年連続2兆円のトヨタが有するトヨタ記念病院でさえ、土地建物を本社から譲渡された上で採算がギリギリという現状を理解する必要があるのではないか。
美しい国再生の道は険しい。
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