武田病院グループ専務理事 武田隆司
【エッセー】
武田病院グループ 専務理事
医療法人財団 康生会 理事長
武田 隆司
■American Dream
米国サブプライムローン問題に端を発した世界恐慌(と言っても良いと思う...)の余波は留まることを知らないようだ。
米国に倣えとばかりに市場原理主義に方向を転換し、短い春を謳歌していたアイスランド共和国は国家破綻の危機に見舞われている。
人口32万人。
かつては漁業が主たる経済の要である質素な国であった。
先見の明があり、1980年代からクリーンエネルギー発電への切り替えを推し進め、エネルギー政策先進国として世界から注目を浴びている。
現在では国内の電力供給の80%を水力、20%を地熱から得ており、火力・原子力発電所は一切無い。
しかし近年は10~15%の高金利を謳い文句に、世界中から吸い上げた資金を投資に回し、企業買収や投資会社に貸付などを行うことにより経済的に急成長を遂げ、2004年にはGDPが世界6位になるまで登りつめていた。
ところが気がつくと銀行借入が20兆円とGDPの10倍にも達していたため、この恐慌の始まりと同時にウサイン・ボルト並みの俊足で、預けた資金は世界中に引き上げられてしまった。
その結果、株価は以前の100分の1にまで落ち込んでしまったという。
「世界恐慌発祥の地」、米国では今年に入って公表された数字によると、差し押さえ住宅が280万件。
2009年の失業者数は約1800万人と予測されているというから驚く。
善かれ悪しかれスケールの大きな国だ。
しかし、この問題山積の中でも笑いを忘れないのが米国風だ。
もはや余りにも有名な話だが、公的資金による支援を訴えた米3大自動車メーカーの首脳が自家用ジェットでワシントン入りしたことについて、大きな批判の声が上がった。
これを受けて後日行われた公聴会には、3人ともが揃って自社製自動車を運転して満面の笑みで乗りつけたという。
久しぶりにヤンキー魂というものを感じさせてもらった。
第二次世界大戦後の世界を二分した、アメリカ合衆国を盟主とする資本主義と、ソビエト連邦を盟主とする共産主義との対立構造は冷戦時代と呼ばれた。
冷戦時代は、ソビエト連邦の崩壊により終結し、世界唯一の超大国となった米国は軍事機密の一部を世に公開した。
1969年にアメリカ国防総省の国防高等研究計画局による指揮の下に構築されたコンピュータネットワークはARPANETと呼ばれ、これが現在のインターネットの原型である。
このARPANET技術こそが、その軍事機密の一部であった。
この技術公開は、インターネットの飛躍的な普及へと繋がり、後のIT革命へと続き1990年代以後における米国の「独り勝ち」とまで呼称される大繁栄のキッカケとなった。
大規模な戦争が皆無になるであろうと予測されたこの時期、米国は軍の大幅な人員削減を行った。
その際に放出した優秀な技術者の多くが金融業界に活路を求めて流れた。
非常に高度な数学を操って「不確定要素の予想」を行ってきた彼らは、その優秀な頭脳を駆使して実践的な金融工学を作り上げた。
そうして彼らが創り上げたのが「デリバティブ取引」だ。
サブプライムローンや、実体なき資源高などを含めたこの取引こそが、今回の世界恐慌の根幹に位置するものだとされている。
彼らの中から輩出されたヘッジファンドのトッププレイヤーの中には、1年で数千億円を稼いだ猛者もいるというから驚きだ。
しかし、染み付いた癖というのは抜けないものなのか。
公的資金を17兆円も注入されたウォール街では、2008年にもボーナスとして1兆6500億円が支給された。
これは、史上6番目に多い支給額とのこと。
2007年は約3兆円であったらしいので、もしかすると自重したつもりなのかもしれないが...。
これを捕らえてオバマ新大統領は、「恥ずべき行為であり非常に無責任だ」と彼らを激しく非難した。
現在のように世界中に絶望感が満ちている時期には、リーダーシップというものが非常に重要な意味を持つ。
石油産業・自動車産業・軍事複合体などとの癒着から離れることができず、これがドロドロの戦争国家へと突き進む原因となったブッシュ政権時代には、同じ理由で環境対策に対する世界中からの協力要請を不自然なまでに頑なに拒絶していた。
しかし、オバマ新政権は発足と同時に、一転してグリーン・ニューディール政策を提唱し、これを経済政策の推進力とする方針を明言した。
今年に入り、いつものように米国後追い型で日本もようやく「日本版グリーン・ニューディール」を打ち出したが、いかにも軽薄な感じが否めない。
相変わらずの縦割り行政による弊害も容易に予想されるし、肝心の投資予算は米国の1割にも満たないとのこと。
何よりも今頃になって施策を一般公募するという具体性のなさには正直ビックリだ。
米国に振り回された挙句、失意のどん底に叩き落された近年の世界。
しかし新しいリーダーを得て心機一転、本気を出した米国の潜在能力は高い。
不幸なことに同じ時代に就任してしまった我国の首相は、漢字と空気の読み間違いばかりが話題になるという体たらくだ。
日本は欧米に比して経済のダメージは浅く、復興にはさほど時間がかからないであろうと世界的には評価を受けているそうだが、ここに来てのリーダー不在は大きい。
一気に世界に置いていかれる可能性も否定できない。
しかし、思考は現実化する。
かつて医療に対して「たらい回し」となどと興味を駆り立てるキーワードを連呼して世間を煽り立ててきたマスコミの今のお気に入りテーマは、「明日なき日本」だ。
垂れ流される情報ばかりを鵜呑みにすることなく、自分で考え、前向きな思考で行動する姿勢こそが今という時代には必要なのだと思う。
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