アスニー京都で開催される、武田病院グループのスタッフによる健康講座です。
※医師やスタッフの肩書き/氏名は掲載時点のものであり、現在は変わっている可能性があります。
血糖値を「いい塩梅」にするには
医仁会武田総合病院 糖尿病センター 医長 髭 秀樹
■糖尿病とは
普通のヒトは血糖値が一定に保たれていて、ある程度食べても血糖値がグンと上がることはありません。ですが、糖尿病の人は飴玉ひとつ食べても血糖値が正常値の2倍に上昇します。つまり、糖尿病は普通の人よりも血糖値の波が大きい体質なんです。体を動かすために欠かせないエネルギーを生じるには、栄養素を酸素によって燃焼させなくてはいけないので、エネルギー源(血糖値)はある程度必要です。ただし、必要なときに必要な分だけエネルギーを取り出して使えればいいのですが、過剰にエネルギーを摂取すると、吸収や燃焼が追いつかないで、エネルギー渋滞を起こし、通行路である血管が詰まります。大きな血管に目詰まりが起きれば、心筋梗塞や脳卒中など危険な病気が起こります。
■HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の重要性
HbA1cは、2010年の改定までは補助診断として使用されていましたが、今は糖尿病の重要な判断基準という風に捉えられています。食事を摂ると血中にカロリー(エネルギー源)が流れ込み、それが血中の赤い成分Hbと合体します。それをHbA1cと呼び、これが「Hb全体の何%を占めるのか」によって、振り返って過去1カ月に血中に流れ込んでいたと思われるエネルギー量を予想するのです。
3年前の診断基準改定でHbA1cの重要性はかなりクローズアップされたのですが、それは予防の段階で重症化させないという意図があったからだといえます。つまり、なるべく薬を使わずにすむ段階で介入し改善させるというのが厚生労働省の狙いだったのです。ただ、基準値としてHbA1cが6.5%以上であれば糖尿病と診断されることになっていますが、血中に糖分が流れ込んでも必ずHbと合体するわけではないのでHbA1cが6.5%以上でも6.9%ぐらいまではよく調べると糖尿病ではない人もいます。ですので、HbA1cだけで糖尿の診断はしないようにしています。
■検診
検診では空腹時血糖といって食事を摂る前の血糖値を測定するのですが、実際に食後の血糖を測定すると200以上で完全に糖尿病と言えるヒトでも3割くらいは、この空腹時血糖値が正常範囲に収まっています。つまり、糖尿病と判定するには食後血糖がどのくらいか、を調べることが重要です。また、朝から何も食べなくても午前10時くらいになると自然に血糖値は上がってくるので、空腹時血糖というのは計って意味のある時間帯が限られており、空腹時だけでなく食後血糖値をつかむことが重要です。
実際に食後血糖が200超の人と140以下の人を比べてみますと、心筋梗塞のリスクは2倍に増えていることがわかりました。よく体が酸化するといいますが、高血糖になると脂質などが酸化し、酸化したアブラが血管壁にこびりつくことで動脈硬化、ひいては目詰まりを起こしやすくなるのです。そこで、血糖値を200未満にしてアブラの酸化を抑えようというわけなのです。
■治療
(1)食事療法
・カロリー制限か炭水化物制限か
ヨーロッパ、アメリカでは、平均3400kcalぐらい食べているといわれています。その次にアジア諸国は、2600kcalぐらいで、日本人はもうちょっと少ない2100kcalぐらいといわれています。ところが糖尿病食は、大体1400~1800kcalですので、普通の人が食べる量より少なく設定されています。つまり、糖尿病の食事療法というのは、一般のヒトが考えるよりずっと過酷です。しかも日本人は、もともとインスリンがあまり出ない人種で、たくさん食べても脂肪として貯め込む力がなく、吸収する余地が少ないです。つまり余剰分として渋滞しやすいため、動脈硬化(血管の老化)が起きやすいのです。しかし、治療の中で一番大切なのは食事ですので、なんとか工夫をして、なるべく無理なく長続きする方法を見つけ出さねばなりません。
その中で無理の少ない方法として注目を集めているものに炭水化物ダイエットがあります。ご飯などの炭水化物を減らすだけで、他のものは好き放題食べられるように考えがちですが、話はそう単純ではありません。たしかに、栄養素(炭水化物、脂肪、タンパク質)の中では、炭水化物が一番早く血糖値を上昇させる、血糖の波を早く大きくします。なので炭水化物をある程度制限することで波を小さくする方法は有効であると思います。多少リバウンドもしますが、体重も減ります。しかし実行していい患者さんの条件や制約はいくつかあるので、安全のためには主治医の監督のもとで期間を区切って最低限の炭水化物は摂取しながら実行してください。
(2)運動療法
2006年に厚生労働省で健康運動指針が発表されました。そこには、一日に300kcal(=1万歩歩くと300kcal)使うといいとされています。これは、イギリス人で早歩きの強さ(4メッツ=運動の強さ)で1時間、それを週5日、これを2年間継続したら血糖も下がり痩せたというデータがあります。このデータを元に厚生労働省が週23エクササイズを勧めていました。しかし、実際にはそんなにたくさん運動できるヒトは限られていますし、非現実的です。特に、年配の方では整形外科的な問題でできる運動が限られる場合もあります。ところで、高齢者は足腰が徐々に弱ってきますが、実際に医療介入や援助が始まるのは実際に大きなトラブルが生じてから、ということが多いのです。そこで2007年に整形外科学会で「ロコモティブシンドローム」なるものが制定されました。これは体の筋力が低下して柔軟性が低下している人を対象に、病気の前段階で介入することによって障害を予防するという狙いがあります。糖尿病は、足の感覚が鈍っていてバランスが悪い人や、怪我をしてしまうと治りにくい人、転倒を怖れて行動範囲が狭まり糖尿病がさらに悪化する悪循環に陥る人が多いので、特に「ロコモティブシンドローム」の段階で、運動療法の介入を受けるべき病気であるといえるでしょう。台湾で行われた調査によりますと、少しの運動(ゆっくり散歩3メッツ×0.5時間×週5日間=7.5エクササイズ)でも心筋梗塞になる率がぐっと下がることがわかりました。週に5日、30分ずつゆっくり散歩すれば十分なので、諦めずにやっていただければと思います。 また最近わかってきたことなのですが、筋トレを先に行って筋肉を目覚めさせた上で有酸素運動をするとよいということがわかり、適切なタイミングの筋トレは、たとえ高齢者であってもやった方が寿命も延びるということです。ただ、糖尿病で眼や腎臓が悪い人は運動制限が少しありますので、主治医と相談しながら行うといいでしょう。
(3)薬物療法
糖尿病の薬は主に3種類あります。一つは食べ物の吸収を遅らせる薬、二つ目はインスリンを搾り出す薬、三つ目は効き目を強くする薬です。一つ目の吸収を遅らせる薬は、非常にマイルドです。血糖値が上がるのをじわっと吸収して抑えます。最近流行りの野菜から先に食べる、酢の物を先に食べるなどと同じ効果を狙っています。つまり、吸収をゆっくりにしたら血糖値が急に上がらないので、波が小さくて済むのです。二つ目は強制的にインスリンを増やす薬ですが、あまりたくさん出させていると、自分のインスリン残高がどんどん減っていってしまいます。したがって三つ目の薬、インスリンの効き目を強める薬が基本であるといえます。いかに薬は最小限にとどめて、自分のインスリンを長持ちさせるかが大事なのです。
カロリーオーバーしたので薬を増やすと、血糖値が下がります。ですが、高血糖に対してインスリンがたくさん出ると、エネルギーをたくさん吸収することにつながるため、内臓肥大や肥満になったりします。するとインスリンの利きが悪くなり悪循環です。つまり、インスリンをたくさん出して血糖さえ低ければ良いということではなく、悪循環の原因を断ち切ることが重要なのです。治療の第一は、痩せて薬の利きをよくするか、薬の中でも利きがよくなる薬を飲むかのどちらかだと思います。
効きを強めるタイプは昔から使用されており値段も安いですし、少量のインスリンにとどめることで肥満を予防し、血圧も上がらないで済みます。また、血糖値を上げるホルモンと下げるホルモンにはリズムがあり、同じ血糖値でもそれを招いたホルモンバランスによって内容が全然違うので、時間帯を考慮して食べたり投薬したりすることは大事です。最後に、注射はインスリンを外から補充するので、自分のインスリン残高が減ることがなく、飲み薬とうまく併用するといい手段になります。決して最終手段として使用するのではありません。
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