アスニー京都で開催される、武田病院グループのスタッフによる健康講座です。
※医師やスタッフの肩書き/氏名は掲載時点のものであり、現在は変わっている可能性があります。
糖尿病の「病」と「体質」はどこが境界線なのか
医仁会武田総合病院 糖尿病センター 髭 秀樹
■命を縮めている代表的な3つの病気
世界で寿命を決めている病気は大きく分けて3つあります。
(1)感染症、(2)がん、(3)血管の閉塞による心筋梗塞や脳卒中です。最近は、日本が衛生的な国になってきているため感染症よりも、がんや血管の閉塞が目立つ問題になっています。糖尿病の人は、糖尿病でないヒトよりはがんや血管閉塞のリスクが高くなるので、糖尿病なのかどうか早期発見することは非常に重要だと考えます。
■血糖値について
血液中を流れている糖分の値を血糖値といいます。人間は朝、昼、晩、三食食べますが、食べるごとに誰でも少しは血糖値が上がります。ただし一定以上に上がるのが問題で、普通のヒトの血糖値は100mg/dlぐらいですが、おおまかにいってその2倍(200mg/dl)以上になると動脈硬化を起こしやすくなるといわれています。通常のヒトは食べたあとでも血糖値が100mg/dlより少し上がる程度ですが、糖尿病では2倍以上(200mg/dl)に上昇する。つまり、血糖値の波が大きい体質が糖尿病といえます。ヒトはものを食べて、体内で燃焼したエネルギーを利用してるので、必要なときに適量のカロリーは当然必要なのですが、不必要なとき(寝る前のおやつなど)に食べてしまうと過剰なエネルギーが渋滞を起こし、それが血管の動脈硬化を引き起こすのです。ここで血管には大きな血管と小さな血管があり、どちらの閉塞も問題なのですが症状の出方が違います。
(1)内臓にエネルギーや酸素自体を運んでくる大きな血管が詰まると、症状も大きくでます。心筋梗塞や脳卒中がそうです。
(2)他方、細かい血管(網膜・腎臓・神経が代表的です)に目詰まりが起きてもすぐには症状がなく、つい放っておきがちですが、細かい血管の閉塞がどんどん重なって、症状が現れた時には臓器全体が傷んでおり回復が難しい。そこで無症状のうちに注意を喚起するため、これを糖尿病の三大合併症と呼んでいます。
■糖尿病三大合併症
●糖尿病性網膜症
糖尿病性網膜症は、糖尿病の三大合併症の1つで、発症頻度が高いにもかかわらず自覚症状に乏しく、放っておくと失明する危険がある重大な病気です。糖尿病の診断を受けたら自覚症状がなくとも必ず眼科の定期検査を受けて下さい。網膜症は、3段階に分けられます。
(1)単純網膜症...眼底に小さな白斑や出血、毛細血管瘤が出現。自覚症状に乏しい。
(2)前増殖網膜症...網膜の細小血管が拡張、閉鎖、走行の異常がみられる。
(3)増殖網膜症...新生血管が発生し、硝子体出血を起こす。大量の硝子体出血を繰り返し、やがて牽引性網膜剥離や網膜裂孔(れっこう)を起こす。
●糖尿病性腎症
糖尿病性腎症には初期症状がなく、かなり進行しないと血液検査をしても悪い数値がでません。当初は尿中へのタンパク漏れ、というのが唯一の判断材料なので、進行を察知するには頻繁な尿検査が必要です。長い年月をかけて腎臓のろ過装置が目詰まりしてくると、毒素や老廃物の排出が滞り尿毒症を引き起こします。このころにようやく血液検査にも異常が現れます。ただしこの時点では毒素の排出機能は相当低下しているので、ひどくなると血液を浄化する透析療法が必要となってきます。
●糖尿病性神経障害
神経障害は、網膜症や腎症と同様に高血糖が持続することにより神経が変性したり、神経を栄養する毛細血管の障害で血流が低下することなどで生じてきます。大きく分けて2つに分けられます。
(1)末しょう神経障害...痛みや温度を感じる感覚神経、手足を動かす運動神経に知覚異常が起こる。長期間放っておくと壊疽を起こして重大な合併症を起こす。
(2)自律神経障害...胃のもたれ、便秘や下痢、起立性低血圧による立ちくらみ、排尿困難などの症状が現れる。血糖の上下動が激しいと急激に悪化することもある。
■エネルギーの流れ
食事からのエネルギーが胃腸で吸収され、血管に乗って各部分に運ばれます。運ばれてきたエネルギーは、内臓や筋肉に入って燃焼され、使わなかった分は脂肪として蓄えられます。エネルギーが体内に入ってくると膵臓からインスリンというホルモンが出ますが、このインスリンは運ばれてきたエネルギーを体内に吸収し、燃やしたり貯蓄したり有効利用させる働きをします。適量のインスリンが正常に働くと、エネルギーの渋滞は解消され、血糖値の波が大きくならないですむ、と言えます。
■どこからが「糖尿病」なのか
これまで糖尿病の主要な診断項目は血糖値で、それに加えて補助診断項目を設けていました。
それは
(1)目の網膜や腎臓あるいは神経に糖尿病の典型的な症状がある
(2)HbA1cが6.1%以上(国際基準は6.5%)
(3)確実な糖尿病網膜症の存在、
の3つです。
ところが3年前に診断基準が改定され、HbA1cが主要診断項目として格上げされました。
糖尿病の診断基準の主要項目(改定後)
1) 空腹時血糖126(mg/dl)以上
2)75グラムのブドウ糖を飲み2時間後の血糖200以上
3)随時血糖200以上
4)HbA1c値6.1%(国際基準6.5%)以上
血液の赤い成分であるヘモグロビンHbと糖が合体したものをHbA1cといい、これがヘモグロビン全体の何%あるか、によって「だいたいどのくらいの糖分が流れているか」を予想します。これがHbA1cです。しかし、あくまで「だいたいどのくらいか」であって、血糖量を正確に示すのは血糖値しかありません。
すなわち、診断基準が変わり主要項目になったとは言え「HbA1cが高くても、実際に測った血糖値が高くなければ糖尿病と断言してはいけない。糖尿病疑いとしかいえない」のです。
発症初期に注意深く再検査をしてもらうため、主要項目に格上げしたに過ぎないのです。
つまり、診断基準にひっかかって「病気と認定されること」が重要なのではなく、たとえ診断基準の境界域であっても「血糖値の波が大きいとき」からが重要です。
「病」と認定される前に、体質を自認して「薬もいらない未病の段階で生活改善を行う」、これこそが厚生労働省や我々医療者が一番の目標とすることであり、逼迫する医療経済も救う道であると考えます。
■食後高血糖の原因を探る
(1)自力でインスリンを出す力が落ちている
インスリンは、体内にエネルギーが入ると吸収させるために必ず分泌されます。ところが、体が要求している以上にエネルギーが入ってしまうとインスリンがどんどん分泌され、やがては出しすぎて枯れてしまいます。体が出せるインスリンの量には限りがあるのです。
薬がどんどん増えると血糖は下がりますが、インスリンを使い切って枯渇するスピードが早くなるので、薬よりも生活改善が一番大事です。
(2)肥満などでインスリンの効きが悪い状態を作っている
太っている人は、常にエネルギー渋滞にあることから血糖の下がるスピードが遅く、食後血糖が上がってきている可能性は非常に高いです。この場合も、血糖値を正常に戻すために多くのインスリンを使い果たしますから、枯れるのは早いです。
やはり薬は2番手で、生活改善が一番重要です。
■エネルギー渋滞をおこさないために
1)カロリーの設定
アメリカやヨーロッパでは一日平均3400kcal、日本や中国などアジアの国は一日平均2600kcal食べています。一方、糖尿病の設定カロリー量は1400~1800kcalで、日本人の平均摂取カロリーより1000kcal近く低く設定されています。糖尿病患者さんといえば、どうしても「食べ過ぎているヒト」というイメージをもたれがちですが、実際には「食べていい量が少ないヒト、食べられないヒト」であり普通以上に節制を強いられる「大変な体質」であるという認識に改めたいところです。特に日本人は欧米人に比べるとエネルギーを脂肪に変えて貯蓄する能力がないため、「食べてもよい量の上限が低い=糖尿病になりやすい」といわれています。江戸時代までの日本人は一日二食で済ませていましたが、近年は食の欧米化や飽食により動物性脂質や動物性たんぱく質の摂取が戦前の5倍ぐらいになっています。欧米化する食卓にあっても余らないように摂取カロリーを意識することが重要です。
2)食事のバランス
炭水化物は、食後の血糖値が一番急激に上がりやすいといわれています。意外と知られていませんが果物も炭水化物なので急激に上がるので注意が必要です。
朝はエネルギーが必要であり、エネルギーを処理するインスリンの働きも強いので、エネルギー渋滞はおきにくい時間帯です。フルーツを食べたい場合も午前中がいいと思います。夜は元々エネルギーが不要で、エネルギー渋滞が起こりやすく有効利用はしませんので、過剰なカロリーは厳禁です。特に、肥満を起こす遺伝子も夜10時以降に作動するといわれていますので10時以降に食べるのはさらに危険と言えます。
3)運動療法との関係
厚生労働省が推奨している健康運動指針に「週23エクササイズ」というのがあります。1週間に23エクササイズの運動をすると健康に良いというのです。エクササイズとは身体活動の量を表しており、メッツ(運動の強さ)×時間=エクササイズという式で表されます。それによって消費されたカロリーは、エクササイズ×体重=消費カロリーと計算されます。厚生労働省が推奨するカロリー消費数は一日一万歩で、消費カロリーは大体300キロカロリーです。ただしこの運動量はかなり多いので、いくら体によいと言っても現実的には達成できないヒトの方が多いかもしれません。となると、過剰なカロリー摂取を控えるのが、「誰にでもできる、体にも負担のない、一番確実で安全な方法」です。
まとめますと、一番に食事、二番に運動、薬は最後の3番手といえると思います。
■まとめ 糖尿病は「病」か「体質」か、境界線をひくことは重要ではない
一説によれば、細胞は120年生きられるので、人間も本来そのくらい生存することは可能です。とすれば、昔のヒトは60歳の還暦以降は余生と捉えていたかもしれませんが、60年終えても、実際にはまだ人生の前半をこなしたに過ぎません。内臓年齢は実年齢とともに老いていきますので、後半の60年は前半の60年にくらべると注意深い体のメンテナンスが必要なのは間違いありません。しかし動脈硬化の急速な進行を抑えるような自己管理を行い、実年齢相応の内臓を保っていけば、前半60年にさほど劣ることなく日常を楽しんで送れるはずです。すなわち、糖尿病に代表される生活習慣病は叩きなおす「病」ではなく、劣化を遅らせてうまくメンテナンスしていくべき「体質」であると捉え、少しの節制で楽しい日常を送ってくださるように願っております。
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