アスニー京都で開催される、武田病院グループのスタッフによる健康講座です。
※医師やスタッフの肩書き/氏名は掲載時点のものであり、現在は変わっている可能性があります。
放射線の人体に及ぼす影響について
〜 福島第一原発事故混乱した情報にどう対処するべきか
医仁会武田総合病院 院長 森田 陸司
1)放射線用語の説明
【同位元素】
全ての元素は原子核(中性子、陽子)と電子から構成されています。同位元素は、陽子の数が同じで中性子の数が異なる元素のことをいいます。
【放射性同位元素(ラジオアイソトープ=RI)】
同位元素のうち、時間とともに中性子と陽子の数が変わり(崩壊・壊変)その際放射線を出す元素のことをいいます。例えばヨード131はこの中の一つの中性子が陽子に変わると、キセノンとなり、電子を核より放出します。これをベータ崩壊(核崩壊)といいます。
【放射線】
不安定な原子核が崩壊して安定した状態に移る際に放出される粒子や電磁波のことを放射線といいます。放射線にはα線、β線、γ線などいろいろあります。
【放射能】
放射能は、放射線を出す強さで、単位はBq(ベクレル)と表します。電球の明るさ(ワット)に例えると分かり易いでしょう。100ワットの電球と10ワットの電球では100ワットの方がはるかに明るいですね。つまり100ワットの方がたくさん光が出ているからです。要するにベクレルが多いほどたくさん放射線が出ているということになります。
【吸収線量】
放射線を照射された物体が受けたエネルギー量を吸収線量といい、単位はGy(グレイ)といいます。例えば野球のボールが当たった場合、非常に早いボールが当たると痛いですが、ゆっくりだとあまり痛くありません。その痛さの程度と理解して下さい。
【実効線量(シーベルト=Sv)】
実効線量は、もしも全身に均等に被曝しても生殖腺や肺、骨髄など組織によって影響が違います。それぞれに荷重係数の重みをつけて体全体について評価しようとするものが実効線量(シーベルト)です。放射線を全身又は局所、内部又は外部被爆でも、ひっくるめてその本人および子孫の受けるかもしれない放射線障害の程度を総合的に推定する尺度としてこのシーベルトはあります。
2)放射線の人体に及ぼす影響 広島・長崎の調査
■身体への影響
放射線の人体に及ぼす影響には確定的影響と確率的影響があります。確率的影響は因果関係がはっきりしているもので、急性の影響では、被爆の数日後に白血球が減少し、線量の増加につれ下痢、下血、脱水、脱毛が起こり、6シーベルト以上の大量の放射線を浴びると死亡に至ります。晩発性は10年20年後に発症する白内障があります。この確定的影響は500ミリシーベルト以下ではこういうことはおきません。これを越して線量が多くなると重症度発生頻度が高くなってきます。確率的影響は、遺伝的影響と白血病やがんの発生率の増加で、これには閾値はない、と考えられています。
■人体への影響
放射線が及ぼす人体の影響に関する殆どの知識は、広島・長崎の原爆被爆者の調査から得られたもので、生存者12万人を対象に死亡原因まできっちり調査されています。広島の場合、平均200ミリシーベルト、数ミリシーベルトから最大でも6シーベルトの放射線を受けたとされています。しかも50年以上にわたる調査は、人体に対する放射性被爆の非常に重要な調査です。今問題になっている福島は、一度ではなく時間をかけてゆっくり浴びる慢性被爆にあたり、この場合影響は急性被爆よりも約2分の1といわれています。広島のデータによると、固形がんの発生は、100ミリシーベルト以上で線量依存的に直線的に増え、1シーベルトあたりに10%死亡率が増えていきます。ただしこの関係は100ミリシーベルト以下ではがん死のリスク増加の有無は確認出来ていません。
■急性被爆による障害
1945年に原爆が落ちました。100ミリシーベルト以上被爆をした子供たちから5年後ぐらいから白血病の発症が増え、10年後ピークになります。このリスクは被爆をした年齢が若ければ若いほど高く、10歳以下の発症が多いといわれています。広島・長崎では白血病で亡くなった人は204人、そのうちの半分は原爆の被爆によるものです。固形ガンは100ミリシーベルト以上受けた人が40年後ぐらいからがんの発生が増えてきます。現在までに約7000人が亡くなっていて、そのうちの10%は放射線によるがん死であるといわれています。
■胎児に対する影響
妊娠中に浴びた場合は、妊娠の早期(8~15週ぐらい)にたくさん浴びた人は、小頭児や精神発達に遅延があるなどの障害が認められていますが、妊娠の月数が進む程、影響は少なく、生まれた子供について白血病、がんの発達増加は認められていません。ICRP(国際放射線防護委員会)は、胎児は100ミリシーベルト以下の被爆では影響が出ないと結論しています。子どもの発がんリスクは、被爆を受けた年齢が若いほど2.3倍と高く、十分配慮しなくてはなりません。遺伝的影響に関してこれまでの調査では、有意な影響は見出されていませんが今後更なる調査が必要です。
3)放射線防護―ICRPの考え方
■規制値と健康障害レベルの違い
ICRPが定期的に出す勧告は、日本を含めた各国が製作規制に大きな影響を与えており、日本の放射線障害防止法もICRPの勧告に従っていつも改訂しています。ICRPの考え方は、がんの発生に対して確率的影響が直線的に危険だということです。緊急事態に対応する場合には1ミリシーベルト以上は全部避難しなければならないというようにした場合、それによって生ずる他の不利益(大量の集団避難、高齢者や病人の移動、家族の離散、コミュニティの崩壊など)が大きくなってしまいます。避難することによって被ばくが減る利益と、避難自体によって起こる不利益と両方を換算してリスクが最小限になるように考えるのが緊急事態の考え方です。
■平常時と緊急時の考え方の違い
まず平常時の放射線限度は年間1ミリシーベルトで、中には医療被曝、職業的に放射線を取り扱う人たちなどが含まれます。医者や放射線技師は常にチェックしていて、5年間で100ミリシーベルト越してはならないとされていて、基準値に近づくと放射線を使わないようコントロールします。緊急時に置ける目安線量は、一般人の健康が守れ、作業者の障害を起こさないことを大前提にしています。今回の件では年間20~100ミリシーベルトで適切な基準を作ります。また、人命救助に従事する人にとっては250ミリシーベルトに設定されました。ただしこれらは緊急時の考え方ですから、状況の変化とともに変える必要があります。復旧については、住民がその土地で暮らす目安として年間1~20ミリシーベルトの基準値を作り、除染してなるべく平常時に近づくように努力することです。
4)福島第一原発事故
3/11に発生した東日本大震災で原子炉が緊急停止し、その後、緊急用の電源装置も落ちてしまって全電源喪失状態に陥りました。それによって原子炉の中を冷却することもできなくなり、原子炉内が2300度ぐらいの高温となってメルトダウンしてしまいました。その後、酸化した金属から発生した水素によって爆発が起こり、それが原因で放射性物質が飛び出し、放射性の汚染が拡大しました。この事故発生時政府は、原発から20キロ以内は50ミリシーベルト以上の地域を警戒地域にしました。30キロ以内は10~50ミリシーベルト内の地域を緊急的避難準備区域にしました。この9月には緊急的避難準備区域が廃止になり帰宅許可が出ましたが、避難した2万8000人中2000人しか戻ってこなかったそうです。
■I-131(ヨウ素131)とCs-137(セシウム137)
I-131
*甲状腺に集中して集まる。
→予防として安定ヨウ素剤を服用すると放射線によるがんの発症が抑えられる。
*チェルノブイリ事故の際、隣国ポーランドで事故発生4日後に90%の子どもたちに安定ヨウ素を飲ませたところ、放射線がんの発生がほとんど見られなかった。
→現在福島県の0歳~12歳までの子どもを調査したところ、甲状腺に基準値以上のヨウ素131が集まっている子どもは一人もいなかった。
■Cs-137
*セシウム134の半減期は2年、137は3年と言われている。
*体内に摂取されたセシウムが半分に減少するのにかかるのは約100日。
*カリウムとよく似ており、主に筋肉に集まるため、身体全身に分布する。
*セシウム137に対する対策が必要。
■食品暫定規制値の考え方
食物の暫定規定値は、食品安全委員会がICRPの基準に基づき、生涯の一年間累積線量が100ミリシーベルトを越えなければ悪い影響が出る可能性はないと考えています。4月時では暫定規定値としてセシウムが年間5ミリシーベルト以下ヨード131は年間2ミリシーベルト上限に定め、12月に改訂された時は、ヨード131は心配する必要なし、セシウム134については、飲料水、乳製品は1キログラムあたり200ベクレル、野菜、果物、肉、お米などは、500ベクレル以内とされました。これらの値は、野菜などの出荷や販売目安であり、食品安全基準ではありません。今現在、体内に入ったセシウムを排出させる方法はありませんが、カリウムと酷似していることから、運動などによって体外に出すことができます。
近年ピロリ菌と胃がんとの因果関係が明らかになってきていて、ピロリ菌感染者は非感染者に比べて約5倍近く、胃がんになりやすいことがわかりました。また、過去に感染歴のある人の胃がんリスクは10倍以上といわれています。ピロリ菌に感染していても全員が胃がんを発症するわけではありません。発症するのはごく一部ですが、なんらかの因果関係があることは濃厚になったといえるでしょう。
■チェルノブイリ原発事故
1986年旧ソビエト連邦(現ウクライナ共和国)にあるチェルノブイリ原発で4号炉が操業を休止して非常用発電系統の実験中に制御不能になってメルトダウンし爆発を起こしました。それによって大量の核分子が大気中に放出され、日本でも放射線物質の飛来が確認されました。原子炉近くで救助活動に当たった運転員・消防士ら148名のうち28名は急性腫瘍を発症し、年内に死亡しています。1平方メートルあたり37キロベクレルの地域に住んでいる住民20万人のがんや白血病での死亡率の増加は現時点では確認されていませんが、長期の成績が必要であるといわれています。
5)放射線環境汚染対策
体内被曝の方は現在ほとんど問題がなく、解決されてしまったと考えていいと思います。現在は汚染された土壌に対する体外被曝の方が問題とされています。これには積極的に土地を除染するしかありません。国が特別措置法を出していて、1ミリシーベルト以上は国の支援で除染をするという風に言っていて5兆円の予算を投じるとしています。いずれにしても除染などでかかるコストや地面からはがした土の処理など問題は山積みです。
■おわりに
*低線量被ばくの確率的影響については不明な点が多い
*急性被ばくですら、100mSv未満の線量では発がんリスクは検出できなくなる。
*低線量でゆっくり被ばくする場合の発がんリスクは、あったとしても検出不可能なレベルである。
*低線量被ばくは、我々を取り巻く多くの発がん要因のひとつと考えることができる。
*規制値は危険と安全の境界値ではない。基準値は。健康影響レベルに経済的・社会的な要因を加えて、「確率的影響」の発生する確率が、「容認出来る」と思われるレベルまでに制限したものである。
*低線量長期被ばくのリスクを理解して、冷静な対処が現在求められている。
Copyright © 2015 Takeda Hospital Group. All rights reserved.